第5回市民フォーラム講演記録 第2部 質疑応答、意見交換

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【会場から】
岡山での、中学生がリーダーとなり活動するというシステムをもう少し詳しく知りたいのですが。

【望月】
岡山KEEP(岡山市京山地区ESD環境プロジェクト)というものがあります。岡山ユネスコ協会とESD-Jでも活躍されている池田満之さんが、京山地区で環境活動をしてこられました。この方が中学校の科学部の生徒さんと顧問の先生、公民館で障害者にパソコンを教えているボランティアグループに声がけをし、「水辺てんけんプロジェクト」という活動をするときに一緒に来てもらう大人のグループからネットワークが広がりました。中学生がイニシアチブを取ったわけではなくそういった人がいて始まった活動ですが、卒業した中学生が高校生になると高校生ボランティアとして活動するという地域のまとまりがあり、スムーズに進んだという成功事例です。どちらかというと学校の課外活動と生涯学習というスタイルから始まったもので、授業というよりは、子ども達自身がリーダーとなった課外活動の拡大版といえるでしょう。

【会場から】
冒険遊び場活動について、子ども達がどうしてもカードやコンピューターゲームに関心を持つような中で、自分から進んできている子どもたちなのか、親に進められてきている子どもなのか、口コミで来ているのかなどについて教えてください。

【髙橋】
常設の遊び場ではなかったので、開催する時期になると学校や市民センターなどにチラシを配付しました。近隣の学校の子ども達が来ているという感じだったが、子ども達は自主的に来ているという印象を受けました。一度来たらまた来る子、もう二度と来ない子と二つにわかれるようです。泥んこになって水遊びをしたり木に登ったりなどを受け入れられる子はまた来る。そうでない子は足が遠のくのだと思われます。
台原森林公園の活動が浸透し、公園が多様な使い方をされるようになったため、仙台の中心部の西公園に場所を移しました。台原の方は地下鉄で来たりしていましたが、西公園は自転車で来る子が多いようです。リピーターは、遠くからでも来て、顔と名前が一致するのが30名くらいでしょうか。なかでも冒険遊び場にはお父さん達がけっこうのめり込みます。昔のガキ大将が復活するのでしょうか。

【会場から】
絵の具の話に感銘を受けました。農業活動をしているが、行き詰まりを感じています。専門家に言わせれば、「経済的に成り立たない」ということになるが、黒と白を混ぜたら灰色でなく赤になると可能性を感じることもあります。自信をもって「赤になる」といえるような雰囲気づくりに関するいいアイディアはないでしょうか。

【千葉】
「赤になる」と断言できるようなものではありません。純白、純黒だと思っていたものが実はそうではないということです。つまり、白と思っているものの中にたくさんの要素が入っています。動物の骨からとった白、鉛からとった白など、白の中の実は複雑な要素を読みきっていないのに白といってしまう。私たちがわかっていない要素がまだまだあるのだということだけは言えるのではないでしょうか。
また、例えば、私たちがごく普通にやっている社会的行動は買い物という経済行動。この100円で3日暮らさなければという状況でもない限り、そこに選択というものが生まれます。この100円でどちらの菜っ葉を買おうかなという選択が生じた時、買うということは投票行動に近くなる。彼ら(生産者)に100円を投票したいということになる。それが産直をささえている遠まわしな要因なのではないでしょうか。いかに外にアピールし、菜っ葉を買ってくれることにより村がよくなり、あなた方は俺たちの姿を見て幸せになれるという循環を訴えられるかどうかではないでしょうか。地域活性化というと経済効果ということに置き換えられがちと先ほど言いましたが、博物館・美術館が単体で黒字を出しているという例はまずないと思われます。首都圏で働く丸森出身者も多いのですが、かつて「丸森」の名前の知名度が低いため、思わず「仙台出身」などと言っていたそうですが、蔵の郷土館斎里屋敷を売り込
20051001-6んだことで、全国で通じるようになりました。そうなったとき、「すごく勇気がわいた」と言っていました。その後Iターンによる人口増もあり、応援者も出ています。このように勇気がわいて人が元気になるという効果もあります。ピンチとチャンスは紙一重で、がけっぷちのチャンスもあるのでは。いま農業に人々の目が向いている時だと思うので、どうやって野菜を買ってもらえるか、人の幸せを奪わず自分が幸せになれる方法を考えることではないでしょうか。

【髙橋】
いま、農業に関心を持つ若者も増えていると思われます。また、物を作る喜びもあるが、それよりも、仕事をする人を見て関心を持ったというということもあります。
物を作り人を育てるのは面白いものです。すこしだけドキッとするものをつくる仕掛け人になること、大人たちが楽しんで自分達の生活環境を生かしていくことが必要ではないでしょうか。

【会場から】
学校ではディベート、個性教育にならび、キャリア教育というのも行われています。そこで生活科の授業で、用務員さんに、実際に物を作ったりという仕事を見せてもらいました。子ども達の反応は「すげえ、すげえ」の連発で非常によかったが、職場では「あれは生活科ではないのではないか」といったような外枠の発想にすぐもって行かれてしまいました。このような状況では子ども達の持っているものを伸ばせないのではないでしょうか。
「特色のある」ということの前提になるもっと大事な部分、技術とか働くものを見るといった仕事を丁寧にしていかなければならないと感じました。事例報告から、すぐ金儲けとかいうことではなく、その先を見ているのだな、と感じました。

【会場から】
岩切地区に新店舗を開設する仕事を地域の人々と行ってきました。店一つ作るにもここに店がひとつあったらどういう街になるかと思い描きながらやってきました。岩切は昔この地域の中心地、交通の要衝でもありました。地域の人々がほこりを持ってくれればいいと考えていますので、「今ある自分達のほこりを残したい」という高清水町史の話しはとても納得できるものでした。

【小金澤】
まとめとして言えるのが、これからの地域をどのように作っていくのか、どう暮らして積み上げていくのかということでしょう。
今の社会は、大人から子どもへきちんと情報を伝えるということが下手になっている。昔はそれが「お説教」になってもきちんと情報を送ってきたし、食べ物ひとつとっても、きちんと伝えてきました。しかし、70年代になると便利になって親もそういうことを言わなくなった。ファストフード店に行くようになり、昔から伝えられてきたことを伝えなくなってしまった。食べ物、生きるものへの関心が薄れ、体験もできなくなってしまったのです。絶えず、上の世代から下の世代へ情報を送り続けなければならなかったのを、一時期サボってしまった期間があり、それがさまざまなゆがみとなって現れてきたと思われます。
最後に、次の世代にどう伝えるか、何を伝えるかも含めご意見を。

【髙橋】
大人たちが伝えるべきことを子ども達に分けてあげていない。伝えられないという状況があると思います。伝えてない、伝え方も下手。何かこれおかしいよねというような、今昔のギャップに気づき行動できることが必要です。何が違うのか、このままでいいのかいけないのかをきちんと見ていきたいと思っています。
大人は子ども達より先に生きているわけなので、大人が持っているものを子ども達に提供していくということを惜しまないでほしいものです。子ども達はいろんな大人たちをみて育っていくのです。「人間ボンド」(=くっつける役)になりましょう。子どもと子ども、子どもと大人、大人同士、場所と時間をくってけてもいい。つなぐのは面白いことです。そして、つながるのはもっと面白いです。

【千葉】
文化と野菜のコラボレーション、例えば「夜の料理クラブ、無農薬野菜編」、一緒に食べて「料理教室兼、持ち帰り」、食材は素性が明らかな野菜で、この人たちが作っていますというのが見えるような企画があったら面白いのではないでしょうか。食べること=エネルギーの代謝は楽しいことだが、これと同じように、情報の代謝もないとつまらなくて暮らしていけないものです。エネルギーと情報を一緒に加工して売るというようなことを考えてみるとおもしろいのではないでしょうか。

【望月】
「癒し」「スローライフ」などを求める風潮があるが、日本の社会が果たしてそんなにおかしくなっているのだろうか、これまでの教育がそんなに悪かったのだろうかと考えてしまいます。絶対にこれという答えはなく将来がどうなることは未知です。過去を否定することはなく、日本型のESDをこれから10年間さまざまな場面で考えていくことになるのだと思います。同じものさしではかれる普遍性というものはありませんが、そういう中でも、次世代に伝えてかなければならないことはあり、普遍主義と個別主義のバランスを保っていくことが必要。また、こういう場所(フォーラム)に来ない人にどうすれば来てもらえるかということが、普及啓発のカギなのかと思います。

【小金澤】
「持続可能な開発のための教育」については、未来を語るという難しさがあります。一人ひとりが今やっていることをどう伝えていくかということ、そして簡単なようで簡単ではない、続けていくということがまず大事なことだと思います。
国ごとに状況があり、その国の方法、日本なら日本のやり方がありますが、原点として大事なのは、社会を作るのは一人ではできないということです。
しかし、協力の仕方を勉強するということが、今の世の中では意外とできなくなってしまっているのではないでしょうか。コミュニケーションをとる力が弱くなってきている。人との関係を大事にする、人の意見を大切にして一緒に行動する、自分でものを考える、自分で創るという発想が弱くなっているため、その学習を意図的に行う必要が出てきているのです。仕組みやつながりを知るということが困難な社会である上、情報過多で何をしたらいいかわからなくなっているという状況であるため、そこを見抜く力をつけることが必要になってくるのです。
自分自身がどうするかということを含めこれからの社会を作る取組みに一人ひとりが踏み出していただければと思います。

 

 

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